目線を変えるとミニマルビジネスになる #8 50代60代目線の??
50代60代目線変わる

現在の50代は10年後には60代になり、60代は70代になります。50代60代だからといって常に同じ考え方をするわけではありません。では50代60代目線とはどんな考え方をするのでしょうか。


高齢社会は65歳以上の人口が多い社会なのだが


100歳以上のご長寿さん

人生100年時代と盛んに使われていますが、すべての人が100歳まで生きるわけでも、平均寿命が100歳になるということではありません。確かに100歳以上のご長寿さんは6万7824人いらっしゃるそうですが、日本の人口の約0.05%です。100歳は切りのいい数字というだけでの話です。

”100歳以上の人数は調査が始まった1963年は153人だった。98年に1万人、2012年に5万人、15年に6万人をそれぞれ突破した。”(日本経済新聞)

いつから年齢を感じるか

自分も年をとったなと感じるのは10代から始まるそうですが、口ではそう言っても年寄りになったとは感じるという意味ではありません。まだまだ自分の将来を委ねる未来が待っていると思うのが若者の特権で、年寄りはそうはいきません。では何歳頃から年寄り意識を持つようになるのでしょうか。

高齢者と思うのは何歳

高齢者として意識するのは60歳頃から始まり、60歳になると65歳からというように自分は年齢よりも若いと思うのが常です。60歳直前の50代は中高年、40代は中年と呼ぶことが多いように、50代が中年と高齢者のゆるやかな端境期になっています。

年齢で決めることはできない

50代だから、60代だからという年齢で決める考え方を持ち始めた時にはすでに頭の中は高齢者になっています。60歳が定年のときに植え付けられた60代から高齢者とする固定観念から抜けきれないのだと思います。人生100年時代と考えるのであれば、60代は高齢者とは言えません。




50代60代になったら年をとったと感じるのはなぜか


年をとったなと感じるのは

自分が年をとったなと感じるのは、自分がイメージしていることと行動が伴わなくなってきたときから始まります。そしてこのように感じる頻度が多くなってきた時が人生後半戦に入った証です。記憶力・計算力が衰える、肉体的にスピード感がなくなる、思わず出てしまう年寄りじみた言葉など、身に覚えがあると思います。

他人から見て年をとったなと

年をとったなと思うのは自分だけではありません。他人から見ても年をとったなと感じるのは、何と言っても外見・見かけです。頭髪・肌のシワ・身のこなし・着ている服などです。自分がどう思おうと他人による判断の方が的を得ていることが多いのです。

50代60代になったなと感じる

働いている人が年をとったと感じるのは、時代に合った働き方ができなくなるときです。特に50代60代になると知識欲が衰え、自分が持っている知識と経験にしがみ付き始めます。新しいことが受け入れられないのはの能力の衰えよりも、適応力の衰えです。これは年をとれば仕方のないことなのでしょうか。

50代60代から新しいことを考える

定年後の暮らしに関するアンケートでは、趣味や旅行、健康関係などが上位になります。趣味や旅行、健康関係については新しいことを考えることができても、仕事や学ぶことについては新しいことは考えられないということになります。これは50代60代に限らず高齢者と呼ばれる人の特徴です。




高齢社会の不安は、介護・医療・年金・孤独ではない


私が高齢社会に対する不安は、介護や医療でもなく、年金でもなく、経済力の低下、人間関係の不足による孤独感だけではありません。最も気になっているのが、高齢者が多くなるということは、固定観念の塊りのような社会ができるかもしれないということです。

国が抱える問題を解決するためには柔らかな頭が必要です。過去に縛られ続けるような考え方では国としての解決策はそうそう浮かびません。自分の知識と経験だけでは、自分に都合のよい解決策しか導くことができなくなるのです。

50代60代に必要な目線は、高齢社会でのお客さん目線ではなく、高齢社会を動かしていく目線を持つことです。この目線を持つことで50代60代の仕事と働き方を始めて考えることができるようになると想います。

50代60代のミニマルビジネスは目線を変えることから始まります。